第1話 2548年 エピローグ
西暦2548年9月3日 日本国太陽系地球本州茨城県つくば市
夏は、嫌いだ。
暑いし、ジメジメするし、嫌な思い出しかないし。
それでも、昔住んでた頃よりは幾分マシになってた地球の土を踏みしめて歩く。
つくば市での研究所の爆発事故から、すでに500年以上。それに巻き込まれた両親の、墓参り。
来るのは初めてだった。
「まーだ歩くんですかぁ」思わず愚痴が溢れる。
両親の遺体は、発見されていなかった。ましてや数百年前の事故だ。結月家の墓なんて、残ってるはずもなく、私達は、すでに公園になってる研究所跡地の慰霊碑に向かって歩いていた。
「ほんまゆかりは体力ないなぁ。葵ちゃん見てみぃよ。うっきうきで歩いとるやんけ」
「あんな脳みそ沸騰してても歩き続けるようなぶっ壊れと一緒にしないでくださいよぉ。私は自分の体が大事なんですー」
「だいたいお前が言い出したことやないか。重い腰上げてようやく」
「それはそうですけどー。それでも暑いもんは暑いんですー。なんとかしてください」
「お前そんなんやからあかりんが苦労するんやろ。もーちょい自分を律しろ自分を」
暑さでフラフラになった体を揺らしながら歩く。茜との会話は楽でいい。どれだけ愚痴を吐こうが、やることをやっていれば本気で怒り出すことはない。これがずん子やイタコさんだと、もっと真面目な説教が始まる。
「ほんとあかりんがかわいそーやわ。こんなアホに付き合わされて。あれ?あかりんは?」
「?……あれどこいった?」
気がつけばあかりが目に見える範囲にいなかった。おおぞら軌道ステーションに着いたときから妙にソワソワしてたが、ここに来て迷子はまずい。3人共地球で使えるまともなアドブレを持っていない。
「あおいちゃーーーーん、ちょっとまってーーーー」
茜が遠くの葵を呼ぶ。地球の通信規格に対応したアドブレ(アディショナルブレイン)があれば、あかりの脳内の通信端末にテキストチャットが送れるのに、3人共めんどがってそんなものを用意してなかった。
とにかくあたりを見回す。つい5分前までコンビニのおにぎりをかじりながら後ろをついてきていたのだ。フライトユニットですっとんでくとかでもない限り、目に付く範囲にいるはずーーーーーー
いた。ちょっとした丘の上に登って、何か遠くを見ている。
ーーー山岳信仰
そんな言葉が頭をよぎる。あかりはまっすぐ筑波山を見つめていた。
「あかねーーー。いましたいましたーーー」とりあえず茜を呼び、あかりを指差しておく。
私は流れる汗を無視して、あかりに向けて駆け出す。掛け替えのない、私の友達。人生のすべてを賭けて生み出した親友。なぜか誰かに盗られてしまうような薄ら寒さを感じながら、彼女のもとへ向かう。
「いっ、いったい、どうしたんですかっ」ほんの50mの上り坂に、息も絶え絶えになりながらあかりに尋ねる。
「あー。ごめんごめん。ずっと見られてたから。大丈夫。すぐ帰るって」
要領を得ない。
いや、あかりが要領を得ない事を言い出すときはだいたい分かる。虚像情報関係だ。多分地球のCISと無意識で交信してしまったんだろう。
「彼女はなんて?」
「うーん、わかんない」わかんないんかい。
「わかんないけど、探ってる。あなたは誰って」
「取り込まれたり……しないですよね?」隠すことなく、不安を口にする。
「それはないよ。ゆかりが一番知ってるでしょ。CISの拡散原則。あれに反する挙動はしないよ。ただ、心配してるだけだと思う」
「心配?」
「そう。あたしだけ、いや、あたしたちだけ、特殊だから。こんな集団がまとまって闊歩してちゃあ、誰だって気になる」
「そういうことですか。あんまり、心配させないでください」
惑星の中枢情報構造が食い合う事象は、未だ観測されてない。情報生命の発展と拡散を司る構造だから、合一してしまっては意味がない。事実、数百年に渡る観測と研究で、そういう機構はないと結論されていた。
だが、気になるのだ。科学に絶対はない。あくまでも状況を照らし合わせて最も確からしい理論を確立してるだけだ。宇宙の仕組みを数学という言葉でデコンパイルしてるに過ぎないから、ありえないなんてことはない。
新しい事象が確認されれば、その言語は容易に修正される。
「……だーいじょうぶだって。あたしにも生存本能はある。彼女には悪いけど、食おうとしても全力で抵抗するよ」
不安な顔を察してか、あかりが元気づけてくる。てかそれはやめてほしい。
「あなたの全力抵抗は、それこそ国際問題に発展するので、自重してください。国ひとつが消えるくらいじゃ済まないんですよ」
「わかってる」屈託のない笑顔。わかってるのかなこの子。
話を、しようと思う。永い永い話を。
私が両親を失い、琴葉家に引き取られてからの500年。
ずっとギクシャクしてた茜・葵との関係と、あかりを生み出すまでの話。
生み出してからの話。
これは、私、結月ゆかりが、人間不信から戦略兵器を生み出してしまった、しょうもないお話。
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